
●オランダ交流
海外への旅では、郡山市発展の源ともいえる安積疏水ゆかりのファンドールンの墓参(オランダ・ブルメン市)にも三回、参加させていただきました。楽しい思い出もたくさんありました。
郡山市主催で初めて行われた墓参は、当時の高橋堯市長さんが団長でした。ライオンズクラブからは柳沼善一郎さん、鬼頭弘次さんが参加され、郡山市発展に尽くしたファンドールンの功績をあらためて学び、墓前に感謝いたしました。
美しい田園風景の中の水車などオランダの魅力にも触れることのできた墓参でしたが、なんといっても大きな成果は日蘭友好親善の懸け橋となったことでした。当時、オランダの対日感情は決して良いものではありませんでした。墓参団はさまざまな交流を通して、こうした対日感情を和らげる民間外交の大役を十分に果たすことができたのです。
二度目の墓参は、途中合流となりましたが、郡山商工会議所副会頭の山口哲雄さん、笹の川酒造役員の能勢雄一さんとヨーロッパ各地を回りました。ドイツ・ミュンヘンのビール祭りを見学した折には、逆さまになるジェットコースターに初めて乗り、驚いたことやビールを飲みすぎたある人が、ベッドから落ちてしまったこと等々。忘れられない珍道中でした。
三度目は三年前になります。団長は藤森英二市長が務められました。この時は墓参のあと、東欧も視察しました。チェコスロバキアのプラハを訪問した時のことでしたが、エルベ川に架かる有名なカレル橋で「ミスター・オブチ」と何度か声を掛けられました。
怪訝そうにしている私に「プレジデント・オブチ」とさらに問いかけてきたのです。どうやら私を当時、東欧訪問中の小渕首相と間違えたようでした。その日から同行の人たちから「小渕首相」「総理」とひやかされた思い出があります。この墓参では郡山開成ライオンズクラブの増子正佳さん、岩沢敏雄さんとご一緒しました。
妻と一緒の海外旅行はほとんどライオンズクラブの旅行です。プライベートでは、思い出の一つに七、八年前に訪れたスリランカがとても思い出深い。サンゴ礁に美しい海。民宿のようなホテルでは、とってきたロブスターをその場で料理してくれました。
夜空には南十字星、遠く沖合には日本に向かうのではないかと思われるタンカーの光の列。本当に素晴らしかった。ご一緒した遠藤宗一さまご夫妻、長尾嘉明さまありがとうございました。そんなご縁からか私は現在、日本スリランカ交流協会の会長を務めております。
話は変わりますが、郡山開成ライオンズクラブも創立から三十年がすぎ、友好クラブが増えました。
海外ではタイ・バンコクのクルンドンLC、国内では久留米LCと姉妹クラブを締結しました。久留米とは昭和五十年(一九七五年)、松内信雄会長時代でした。また、鳥取いなばとは平成十一年、大澤繁会長時代に会員でもあります小針貞吉郡山市助役のお骨折りで友好クラブを締結しました。
一昨年の開成ライオンズ民友カップチャリティーゴルフ大会(本田稔大会実行委員長)では、久留米LCの方々にお出でいただいた。昨年の佐藤信夫会長時代の三十周年記念式典には、鳥取いなばのメンバーも駆けつけてくださいました。
これら姉妹、友好クラブのみなさんとは相互訪問などを通して思い出に残る知己も多い。
(題字は筆者)
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